コラム

一枚の紙に思う事

先日、日本に住むスウェーデン人の知り合いが、折り紙を教えてほしい、と訪ねてきました。
何でも、コロナが落ち着いたら、彼女の自宅のそばにある幼稚園を訪問する事になっているそうで、そこで子供達を驚かせて、喜んでもらおうと考えている様でした。インターネットや本で見てみたのだが、よくわからなかったとの事でした。
彼女は、鳩居堂で購入したという、古風で上品な和紙の折り紙を持って来宅しました。

まずは、定番の犬やかざぐるま、風船を教えましたが、私自身も久方振りで、果たしてきちんとできるのか、全く自信がありませんでした。しかし、うろ覚えでも、幼い頃に習得したものは体の方が記憶している様で、あまり考えずとも指が先に動いてくれ、何とかきれいな形に折る事ができました。
彼女も、横で見ながら、丁寧にひとつひとつ折っていましたが、でき上がると、「すごい! ハサミものりも使わないでできるなんて、信じられない!」、と喜んでいました。
(この折り方というものを考案された昔の方には、私も心から感服致します。)
彼女が折り紙に慣れてきた所で、やはりこれは知っておいてほしいと思い、少し複雑な鶴に挑戦してもらう事にしました。
鶴はなかなか細かい作業を伴うため、手先の器用さが問われると言えるでしょうか。
大分時間を要しましたが、やっと一羽完成させた後に、彼女は「難し過ぎるわ~! これをどうやってひとりで作れと言うの?」、と嘆いていました。私が「それが、幼稚園児たちはみんな、簡単に折れるのよ」、と教えると、「じゃあ、今日から十個くらいずつ折って、練習する!」、と意気込みました。さすがはエコの先進国から来た友人で、「でも、ただ折って捨てるだけにしたら資源の無駄になるから、ちゃんとメモ用紙に使うわよ」、と言うので、「そんな事しなくても、“千羽鶴”というのがあるから、たくさん折ったら、誰かに贈る事もできるんじゃないの?」、と教えると、「私には、千なんて数はとても無理! やっぱり日本の人は根気があるわよね~」、と驚いていました。「実は数はあまり気にしなくても良くて、贈る人へ願いを込める事に意味があるのだけれどね」、と付け加えました。
翌日から、本当に彼女は鶴を折り続けたそうですが、何も考えずに折れる所までになり、マスターした頃には、「あんまり毎日やっていたら、夢に鶴が出てきた!」、と笑っていました。

折り紙と言えば、子供達だけの遊びであると考えられがちですが、実はご年配の方々にも大変親しまれているリクリエーションのひとつです。
コンサートで医療機関や介護施設を訪問する際には、入院・入居されている方々がリハビリとして様々な作業を行う時間を、ご一緒に過ごさせて頂く事もあります。そこで折り紙が導入されていると、ご年配の方々にとっては、指先を使ったり、折り方を思い出すという事で、脳の活性化をもたらし、それ以上に、例えば鶴を折るという事で、幼少時代を思い起こしたり、また戦争体験が語られたりする等、いわば回想法に近い、セラピーとしての役割を果たす事が可能になると言える訳です。
少し大袈裟ですが、単に一枚の紙が、こうして折られる事によって、人の一生に関わりを持つものになり得る、その様に考えると、折り紙の捉え方も変わってくるのではないでしょうか。

さて、コンサートの本番の前には、様々な方法で気持ちを落ち着けて、集中力を高めるという事を演奏家は行なっていますが、その方法は千差万別です。
直前までひたすら誰かと話をしていたいという人もいれば、反対にひとり静かに編み物や手芸をしていたい、という人もいます。ピアニストのアリス=紗良・オットさんの様に、ルービックキューブ等を触るのが良いという人もいるでしょうし、何かしらオブジェやぬいぐるみを抱いていたいという人もいますが、それらはルーティン化されており、いわばおまじないに近い人もいる様です。

英国留学時代に、コンサートで共演した東欧出身のヴァイオリニストは、楽屋でなんと折り紙を折っている様な演奏家でした。理由を尋ねましたら、こうしてただ折っていると、余計な事を考えずに済むので、本番に対する不安が少なくなる、との事でした。
或る本番の前、彼は飛行機を作っていましたが、私も一枚ほど折り紙をもらい、アップライトピアノを折ってみました。
すると彼は、「どうしてまた、楽器なんか作ったの? 君は一生音楽から離れられない人だね…」、と苦笑しました。「あなたみたいに自分の楽器を楽屋に持ち運べないから、せめてこうしてサイレント・ピアノでも作って慰めているのよ!」、と返しました。
すると「じゃあ、今度ヴァイオリンの折り方を習ってくるから… その紙のピアノとヴァイオリンでリハーサルをしよう! これでフェアになれるかもよ?」、と、私のくだらないジョークに応えてくれました。
ともかく、折り紙は人々に様々な心理的作用をもたらして、不思議な力を持っているのだという事を再認識しました。

2022.10.27 23:25

前の情報       次の情報

新着コラム

2024.05.31
「コルトーを偲ぶ会2024~アルフレッド・コルトー没後62年~」
2024.04.28
多様性の時代に相応しい日本食
2024.03.30
謎解きの魅力とは
2024.02.29
「第13回川棚・コルトー音楽祭」開催のお知らせ
2024.01.05
謹賀新年

バックナンバー