コラム

EBMの“M”は果たして…?

 先日、医師をされている方とお話しをさせて頂いた折に、クラシック音楽を殊に聴くという事がもたらす作用について、論議が及びました。
「音楽の持つ効能は、残念ながら未だ明確にはされていない」 
この様な事実を示されたのです。

因みに、その方はアンチ・クラシックには程遠く、時間が許せば音楽ホールのコンサートへ足を運ばれ、ご自宅にはシンフォニーやコンチェルトの全集CDを持っていらっしゃる程の大愛好家です。
むしろ、音楽に精通される方が、その様な指摘をされ、私は新鮮な驚きを覚えました。
いえ、音楽を愛しておられるからこそ、医師として、何かしらのエビデンスが存在しない事にもどかしく、何故なのだろうかと不思議に思われているのかも知れません。
なにしろ、医学の世界で、治療に於いては、とりわけエビデンス=確実性が重要なのです。

音楽と人との関わりは、より親密でパーソナルなものであると私自身は感じます。
或る人にとり、安らぎとなる音楽は、時と場合によっては騒音にも替わり得るのです。

偉大なモーツァルトやベートーヴェンの作品を始めとする、一連のマスターピースの中には、果たして万人に同じ効能をもたらす総合感冒薬の様に、「これを聴けば治ります」という音楽は存在するでしょうか。
昨今でよく言われるEBM、即ちEbidence baced Medicine(科学的根拠に基いた医療)のMedicineが、一体“Music”となる事が可能ならば・・・?
追求してみれば、大変興味深いひとつのテーマに違いありません。

個人的には、演奏をする際に、それがご病気を得られている方々へ対してでしたら、通常に増して、何かを強制的に施そうという思いを、出来るだけ断ちたいという考えでありたいと願います。
何より音楽を通して、本来の自分に戻り、自らに対峙する事によって、内的対話を持って頂く事が最重要であると信じているからです。
個々の感受性の違いから、音楽が及ぼす作用は同じであるはずはありません。
そこに芸術鑑賞の醍醐味があり、それは最大の特長のひとつであって、確実性や唯一性等かけらもないのです。
解釈や演奏法にもともと明確な答えのない音楽は、哲学的な問いと同じく、夫々の人生の歩み中で、或る瞬間に心の中で与えられる、小さな啓示に似た作用をもたらす事が時にあるのではないでしょうか。
「音楽の持つ力」とは何か、言葉で明確に説明するには、我々人間の頭ではいささか難しいお話の様です。
 

2013.06.19 23:55

新着コラム

2024.05.31
「コルトーを偲ぶ会2024~アルフレッド・コルトー没後62年~」
2024.04.28
多様性の時代に相応しい日本食
2024.03.30
謎解きの魅力とは
2024.02.29
「第13回川棚・コルトー音楽祭」開催のお知らせ
2024.01.05
謹賀新年

バックナンバー