コラム

人々の生活の営みの中で音楽の果たす役割とは

現代の社会において、音楽の鑑賞には、様々な形態が存在しています。
希望の公演の為に、スケジュールを開けて会場へ足を運び、パフォーマーが作品や自己と対話し向き合う中で創り上げ、磨き上げられたいわば完成された芸術作品を鑑賞するというのが古代からある一つの方法。
そして、動画やCD(或いはテレビやラジオ)でお気に入りのアーティストの演奏を楽しんだり、また偶然聴いてみたら大変気に入って、繰り返し鑑賞する様になるというツールは、今の若い世代の主流でしょうか。
その他、映画やドラマで使用される曲や、またホテルや鉄道のホーム・列車内を利用する際のBGMの様に、任意で何かを聴こうとした訳ではないのだけれど、自然に耳に入ってくる音楽というのも、無意識の中で実は多く体感しているものです。

日常生活の中で、この様にして能動的或いは受動的に音楽を聴いている時は、例え音楽愛好家でない方でも、意外と考えてみると少なくはないという事が分かります。

近年、病院やホスピスでも演奏をさせて頂く機会が増え、その折につけ、体の状態に問題を抱えていらっしゃる患者さんが音楽を鑑賞されるという事は、音楽自体に果たしてどの様なものが求められているのか、我々奏者は一端弾くという行為を横に置いて、改めて考えなければならないという事を心から感じます。

ホスピスでは、痛みを緩和するケアのひとつとして音楽療法が行われますが、それはまた患者さんにとり大切であり特別な音楽を聴く事で、その方自身のライフ・レビュー(=これまでの人生の歩み返り、振り返り)をお手伝いする為に在る故でもあります。
個人で思い入れのある特別な音楽を鑑賞する事によって、その方の生きてこられた時代を思い返し、辿られた道をご自身が音楽を通してイメージと共に再現され、それによってこれまで生きてきた大変尊い証(あかし)というものを手にされる訳です。
それだけ、人々と音楽は深い所で結び付き、重要な意味を持つ事になります。

作品に込められた作曲者の魂を表現するのが演奏者の極める道である一方で、作品を聴かれる方々の心を安らげ、魂を癒すお手伝いし、それが叶う手立てを導くという事も、我々奏者の哲学的で大きな課題であると感じます。
何事に付け選択肢が多過ぎる、多様性もおよそ不必要であるべく過多であり、かえって現代の生き辛い世の中で、ストレスを抱えた一般の健康な聴衆の方に対しても、それについて何ら変わる事はありません。

改めて、音楽は人々が生活を営む上で、何の為に役立てられるのか、正解はまだまだ見つけられそうにありませんが、今後も未熟ながら演奏を続けるその現場において、お聴きになる方々との貴重な関わりのひとときの中で、皆様が聴衆として教えて下さる事を決して逃さない様に、心を込めてひとつひとつ、その大切な何かをキャッチさせて頂けたらと願っております。

本年も、残す所あと僅かとなりました。
拙いコラムながらいつも目を通して下さり、応援頂いた多くの皆様に深謝申し上げます。
来る年が、お健やかで幸多き年となります様、心よりお祈り致しております。


















2015.12.30 23:25

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