様々な世界で人が生きる事について
或る分野において、専門的な学びを納め、高い水準にまで知識や技術を極めた人を、よく「~の世界で生きる」という言い方をする。
西洋的な意味でのサイエンスに関わるスペシャリストや、またその対極にいる職人も、各々には独自の世界があり、その中でひとりひとりが個性を放って、輝ける場を与えられている。
しかし、よく考えてみれば、特別な何かに秀ででいなくとも、全ての人は何らかの世界に生かされており、その置かれた場所においての仕事を任され、他者に貢献している。
そして、その自らの置かれている夫々の「世界」には、特別な言語というものが存在する。
隣りの世界を理解しようとするには、その言語について、まずは少しだけでも知ろうという心の持ちようが肝心である。
異国文化の理解にも例えられるが、自身は無知であろうとも、周辺には異なったクオリティーの人や物が存在しているのだという事から、まずは認識する事が必要だ。
発展途上ではあるが、曲がりなりにも「音楽の世界」の端に身を置いている者として、その同じ世界に生きる人々には分かりきった事であるのだが、つくづくクラシック音楽とは、理解する為に一朝一夕では到底出来ない、気が遠くなるほどの年月が掛かり、一生すら費やしても足りる事はなく、誠に深淵たるものとして、基のヒポクラテスの名言にある意味での「芸術は長く人生は短し」の言葉に尽きると感じている。
例え「音楽の世界」にいようとも、数多(あまた)の作品を理解して、それらを音に表現する事は甚だ容易ではない。
或る病院で演奏をさせて頂いた折の事である。
院内のコンサートは、患者様やそのご家族の方々に向けた催しではあるのだが、勤務される医療者の方々も、お忙しい中を時間が許すならば、ご参加頂く事がしばしばある。
演奏終了後、一人の医師の先生がピアノの傍に近づいて来られ、お話しになった。
「クラシックは難しいから、私は全然分からないのだけれど、でも今日は綺麗な音で心が穏やかになって、とても楽しめました」と、「医学の世界」に長年生きておられるその方は、労いの言葉を掛けて下さった。
私は、御礼を申し上げつつも、いや、音楽なんて恐らくこの世で一番難しい医学に比べれば、理解するという事に関しては、遥か数倍も易しいのではなかろうか… と思っていた。
しかし、それは単に私が音楽のある(または音楽しかないと言えば非常に狭い世界の)日常に生きている故であり、恐らくその先生ご自身は正反対の事を感じておられたかもしれない。
もしかすると、体調を崩して病院で診察を受けようとする一般の人々は、私に話し掛けられた先生の心境に共通するものが少しだけあるのではないか、と考えてみた。
医学の事はよく分からない…。でも、その“異文化”について触れてみたいし、ましてや自身の生死に関わる事ならば、もっと知らなければならないとも思う。
しかし、普段の居場所とは異なる、自らにとって完全に非日常の世界を理解するという事は、想像以上に苦労の伴う、極めて困難なものなのだ。
何故なら、患者が生きているのは「医学の世界」では決してなく、それは(例えその時だけでも)「病者の世界」なのだから。
医療者でなければ、全くもって「医学の世界」を知る由もなく、その診察の時点までは、いわば遠くの異なる世界で日々生活を送ってきたのだ。
ひとつの分野のスペシャリストは、“他者”と出会う際に、今在る自身の世界へ、時を同じくして異文化の中で生きている他者を“いざなう”という行動を起こす事が必要となり、その後はいかに招き入れた世界を上手くガイド(案内)出来るかという事が肝心になってくる。
よりシンプルに考えるならば、他者の世界の言語を想像する際に、それは自身の世界の言語と異なっているのが大前提で、そこには他者の理解し得る言語を用いて、自身の世界で起こっている事柄を説明しようという心掛けが求められるという事だ。
隣の異なる世界の人が「よく分かりません」と訴える場合には、「何故こんな事が分からないのですか?」という自身の世界のスケールによる解釈ではなく、「それは、本当に難しくて分かりづらいですね」という他者の世界の側からの見方が可能になれば、それが最も理想的ではないだろうか。
或る限られた世界で生き、業績が認められ名を成した人のその周辺には、実は絶えず異なる世界において活躍の場を与えられた、数えきれないほど多くの素晴らしい人々が存在しているという事に、より意識を向けなければならないと知る今日この頃である。
西洋的な意味でのサイエンスに関わるスペシャリストや、またその対極にいる職人も、各々には独自の世界があり、その中でひとりひとりが個性を放って、輝ける場を与えられている。
しかし、よく考えてみれば、特別な何かに秀ででいなくとも、全ての人は何らかの世界に生かされており、その置かれた場所においての仕事を任され、他者に貢献している。
そして、その自らの置かれている夫々の「世界」には、特別な言語というものが存在する。
隣りの世界を理解しようとするには、その言語について、まずは少しだけでも知ろうという心の持ちようが肝心である。
異国文化の理解にも例えられるが、自身は無知であろうとも、周辺には異なったクオリティーの人や物が存在しているのだという事から、まずは認識する事が必要だ。
発展途上ではあるが、曲がりなりにも「音楽の世界」の端に身を置いている者として、その同じ世界に生きる人々には分かりきった事であるのだが、つくづくクラシック音楽とは、理解する為に一朝一夕では到底出来ない、気が遠くなるほどの年月が掛かり、一生すら費やしても足りる事はなく、誠に深淵たるものとして、基のヒポクラテスの名言にある意味での「芸術は長く人生は短し」の言葉に尽きると感じている。
例え「音楽の世界」にいようとも、数多(あまた)の作品を理解して、それらを音に表現する事は甚だ容易ではない。
或る病院で演奏をさせて頂いた折の事である。
院内のコンサートは、患者様やそのご家族の方々に向けた催しではあるのだが、勤務される医療者の方々も、お忙しい中を時間が許すならば、ご参加頂く事がしばしばある。
演奏終了後、一人の医師の先生がピアノの傍に近づいて来られ、お話しになった。
「クラシックは難しいから、私は全然分からないのだけれど、でも今日は綺麗な音で心が穏やかになって、とても楽しめました」と、「医学の世界」に長年生きておられるその方は、労いの言葉を掛けて下さった。
私は、御礼を申し上げつつも、いや、音楽なんて恐らくこの世で一番難しい医学に比べれば、理解するという事に関しては、遥か数倍も易しいのではなかろうか… と思っていた。
しかし、それは単に私が音楽のある(または音楽しかないと言えば非常に狭い世界の)日常に生きている故であり、恐らくその先生ご自身は正反対の事を感じておられたかもしれない。
もしかすると、体調を崩して病院で診察を受けようとする一般の人々は、私に話し掛けられた先生の心境に共通するものが少しだけあるのではないか、と考えてみた。
医学の事はよく分からない…。でも、その“異文化”について触れてみたいし、ましてや自身の生死に関わる事ならば、もっと知らなければならないとも思う。
しかし、普段の居場所とは異なる、自らにとって完全に非日常の世界を理解するという事は、想像以上に苦労の伴う、極めて困難なものなのだ。
何故なら、患者が生きているのは「医学の世界」では決してなく、それは(例えその時だけでも)「病者の世界」なのだから。
医療者でなければ、全くもって「医学の世界」を知る由もなく、その診察の時点までは、いわば遠くの異なる世界で日々生活を送ってきたのだ。
ひとつの分野のスペシャリストは、“他者”と出会う際に、今在る自身の世界へ、時を同じくして異文化の中で生きている他者を“いざなう”という行動を起こす事が必要となり、その後はいかに招き入れた世界を上手くガイド(案内)出来るかという事が肝心になってくる。
よりシンプルに考えるならば、他者の世界の言語を想像する際に、それは自身の世界の言語と異なっているのが大前提で、そこには他者の理解し得る言語を用いて、自身の世界で起こっている事柄を説明しようという心掛けが求められるという事だ。
隣の異なる世界の人が「よく分かりません」と訴える場合には、「何故こんな事が分からないのですか?」という自身の世界のスケールによる解釈ではなく、「それは、本当に難しくて分かりづらいですね」という他者の世界の側からの見方が可能になれば、それが最も理想的ではないだろうか。
或る限られた世界で生き、業績が認められ名を成した人のその周辺には、実は絶えず異なる世界において活躍の場を与えられた、数えきれないほど多くの素晴らしい人々が存在しているという事に、より意識を向けなければならないと知る今日この頃である。
2018.06.27 23:40
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