コラム

頭痛には暮々もご注意を?

暑い夏の季節と言えば、目で楽しみ、口に含んで、心地良い涼をもたらすかき氷が、日本のスイーツの大定番ではないでしょうか。
かき氷は、我が国の伝統文化を代表する食べ物のひとつですが、その歴史を紐解いてみますと、なんと平安時代まで遡る事がわかり、知るほどに興味深いものです。

奈良時代には、まだかき氷という食べ物は存在しておらず、当時、貴重であった氷は、宮中の献上品として扱われ、「氷室(ひむろ)」と呼ばれる冷温の貯蔵庫で保管されました。朝廷には「蔵氷」と「賜氷」という制度があり、氷室を管理する役職につく人物がいたという事です。
平安時代になると、清少納言の「枕草子」の中に、“削り氷(けずりひ)”という言葉が登場し、それがかき氷を表した最初であると言われています。「削り氷にあまづら入れて、新しきかなまりに入れたる」(現代語訳:削った氷に、ツタ草の一種であるあまづらの樹液を煎じた汁である甘味料をかけて、真新しい金属製のお椀に入れる)という文章があります。当時の氷は、氷室で手間と暇を掛けて、雪解け水を自然の力で凍らせて作ると言った、大変貴重で高価な物であり、上流階級の人々にのみによって嗜まれました。
鎌倉から室町時代になると、武家社会の中で、従来の氷室の制度が徐々に消えてゆきましたが、江戸時代に入ると、平安時代の「蔵氷」と「賜氷」の制度が復活し、徳川家への献上品として再び氷が作られる様になりました。富士山や加賀(現在の金沢)に氷室を設けて、初夏には将軍のいる江戸に氷が運ばれていたとの事です。
江戸末期から明治時代には、幕末にこれまでの氷の流通に動きが見られ、一般社会の間でも次第にその存在が知られる様になりました。実業家の中川嘉兵衛は、天然氷の採氷や、製氷をビジネスにつなげて、函館の五稜郭での製氷に成功すると、それらは「函館氷」と命名され、当時の氷の市場のトップを走っていたアメリカの「ボストン氷」に比べて、クオリティーやコストパフォーマンスにも優れていた函館氷のニーズは高まりました。そして後に、中川嘉兵衛は製氷機を生み出す事になるのです。
1862年には、遂に横浜の馬車道通りに、中川は日本で第1号のかき氷屋となる「氷水(こおりすい)屋」を開店させます。「お腹に悪い」という噂が立ち、初めは売れ行きが伸びませんでしたが、安全であるとわかると、夏の暑さも手伝い、爆発的に売れ始め、2時間も並ばなければ手に入らないというほどの人気を博す様になりました。
幕末から明治時代の氷ビジネスによって数々の製氷店が開業され、それに伴いかき氷を提供するお店も続々と誕生しました。戦後は敗戦の影響もあり、多くの製氷工場が閉鎖されましたが、高度成長期になると、自動製氷機を用いて、飲食店がかき氷を提供し始めました。戦前の定番であったみぞれや金時の他、イチゴやレモンのシロップを使用した新しいかき氷も食される様になり、時代は平成になると、従来のかき氷から進化を遂げた抹茶ミルク等の新メニューが生まれました。更に2010年以降は、台湾や韓国で人気を博す、ふわふわとしたかき氷が日本にも登場し、そして令和の昨今では、タピオカとのコラボレーション等、トッピングも実にバラエティーに富み、インスタグラム等のSNS映えがする事で、多くの人を惹き付けています。

この様に、老若男女を問わず、ひとときの幸せを感じられるスイーツとして、平安時代から存在するかき氷ですが、その名には由来があります。氷室で保存していた氷の一部分の、つまり欠けた部分を使用して作られたため、「欠けた氷」として、始めは「欠氷」と呼ばれましたが、欠氷では何か欠陥商品をイメージさせて、語感が良くないという事で、「欠」をひらがな表記にして、今の「かき氷」に至ったそうです。

さて、冷たい物を食べるとよく起こるのが、あの「キーン」とする頭痛です。
全く起こらない人もいるそうで、非常に個人差がある様ですが、皆様は如何でしょうか?
この頭痛には医学用語があり、「アイスクリーム頭痛(ice-cream headahe)」という、大変わかりやすいものです。正式には、国際頭痛分類において、「寒冷刺激によって起こる頭痛」と記載されています。
では、一体何故この頭痛が生じるのか? 機序は明らかにはなっていませんが、しかしながら2つの仮説があります。
1.冷たい物の刺激が強すぎるために、三叉神経や舌咽神経に生じる温痛覚の勘違い(=冷たさを痛みと間違ってしまう)と、また同時にその痛みの部位までも間違ってしまう、関連痛という現象による、この「2つの勘違い」から起こるのではないか。
2.喉元が急激に冷やされると、頸動脈が急速に冷やされて収縮し、その後、体温を維持しようとするため、血流が増やされる事で、一時的な血管の軽い炎症が生じる。つまり、血管の急速な収縮と拡張により、炎症性物質が放出され、それが血管や硬膜等の血管周囲に分布する三叉神経を刺激し、神経原性炎症を起こすのではないか。(これは、片頭痛における三叉神経血管説と同様であるそうです。)

体への害は全くないとの事ですが、ではこの不快な頭痛をどの様にすれば防げるのかについては、少し古い2002年のブリティッシュ・メディカル・ジャーナルという一流の医学雑誌に掲載された、カナダの中学生(!)によって書かれた研究論文を読む事で、解決策が得られる様です。
(Ice cream evoked headaches (ICE-H) study:randamised trial of accelerated versus cautious ice cream eating regimen. BMJ 325;1445-1446, 2002)
結論としては、冷たい物を一気に早く飲み込むと頭痛が生じやすくなるため、慌てずにゆっくりと食べるのが肝心であるとの事です。

かき氷は、言うまでもなく、口に含めば、美味しいと感じた瞬間にその姿を消してしまう、儚く繊細なスイーツですね。
かつて、清少納言が表した「あてなるもの」に相応しく、貴族の方々の様に一口ずつ上品に、時間を掛けてエレガントに味わうのがベストであると言えそうです。

よくかき氷を日本では「フラッペ」と言いますが、実はこれはフランスから来た言葉で、「冷えた」という意味の形容詞になります。ですから、アイス・コーヒーは、(フランス語では名詞の後に形容詞が来るため)「カフェ・フラッペ」と表すのです。
もし、フランスでお食事をされる際に、メニューにカフェ・フラッペと書いてあっても、「コーヒーかき氷って何かしら??」、とは決して思わないで下さいね。















2019.08.31 23:05

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