安全な歌の楽しみ方はあるのか
新型コロナウイルス感染症の第3波が到来しましたが、皆で乗り切るためには、これまでにも増して、日々の行動についてひとり一人が考える事が重要となってきます。ですから、3密を生じさせる会食や、飲酒を伴うイベント等への参加は、当然避けるべきものの筆頭に挙げられるのです。この場合、人が集う中で、マスクをはずして行う飲食が問題になりますが、むしろそれよりも会話がはずんでくると、気付かないうちに声が大きくなっている事が、いっそう飛沫感染のリスクを上昇させてしまう原因となる様です。
声を発するというアクションで、音楽家が真っ先に思い浮かべるのは「歌う」ですが、果たしてその歌唱がどの程度の感染リスクを生じさせるかについては、私自身もよく分かっておりませんでした。
しかし、興味深い研究がドイツで行われていた事を知り、早速、アメリカの医学誌に掲載された論文を読んでみる事にしました。
Barvarian Radio Choirという合唱団に所属する10名の歌手(男女)に、ベートーヴェンの交響曲「第九」の“歓喜の歌”の冒頭フレーズについて、様々な歌い方をしてもらい、それらの飛沫の拡散の違いを調べた研究です。方法としては、①(オリジナルであるドイツ語の)歌詞をつけて大声で歌う、②歌詞をつけて声を抑制して歌う、③旋律は無しで歌詞のみを大声で発する、④旋律は無しで歌詞のみを声を抑制して発する、⑤歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで(=アイウエオの母音で)大声で歌う、⑥歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで声を抑制して歌う、という6つのパターンから検証されました。
結果は、想像に難くありませんが、やはり一番飛沫が拡散されたのは、歌詞をつけて旋律を大声で歌った場合で、大声では86cm、声を小さく抑えると78cm(いずれも中央値)となりました。小声でもなんと最大2mほどまでになった瞬間もあったそうです。その次に拡散されたのは、旋律無しで歌詞のみを発した場合で、要するに話をした事と同じになりますが、大声では82cm、声を抑えると74cm(いずれも中央値)であった事が判りました。そして、歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで歌った場合が拡散が最も小さく、大声でも62cm、声を抑制すると43cm(いずれも中央値)となりました。また、当然ですが、声を発するのですから、前方への飛沫の度合いが大きくなり、左右の横への飛沫の度合いはそれと比較すると小さくなっていました。これらの事から、歌う際の安全のためには、前方で2~2.5m、側方は1.5m以上の距離を取る事が推奨されるという結論が導かれていました。
この研究で選ばれた歌の歌詞が、ドイツ語であるという言語の問題(→とりわけ子音を明瞭に発音する単語が多い)もあったかもしれないでしょうし、もし日本語に訳された歌詞を用いたならば、同じ歌でも飛沫の拡散はもう少し減らせたのではないかとも推測できます。
この知見を踏まえると、例えばカラオケを楽しみたいという場合には(もちろんひとりで行うのがベストですが)、マスクを着用した上で、同席している人とは十分なディスタンスを取り、歌詞をつけずにヴォカリーズやハミングで歌ってみる事で、感染のリスクをほんの少しだけ下げられるかもしれません。(一般人の声量は、プロの声楽家のおそらく10分の1程度ではないかと思われるためです。)ただ、今の時期にこれを試すのは、全くもって勧められません。
また、歌っても感染が予防できますよ、という事は、この論文に一言も書かれていませんので、内容を解釈される際には、暮々もご注意下さい。
個人的に印象に残ったのは、声の大きさ以上に、発語するかしないが問題となる点であり、それによって飛沫の仕方も異なるという結果についてでした。あらゆる生物の中で、人間のみが言葉を話す訳ですから、新型コロナに感染した「ヒト」がウイルスを最も拡散させ得るという真実についても、この論文から改めて考えさせられる事となりました。
【参考文献】
Echternach M. et al.
Impulse Dispersion of Aerosol during Singing and Speaking:A Potential COVID-19 Transmission Pathway
Am J Respir Crit Care Med. 2020 Volume 202, Issue 11
Originally Published in Press as DOI:10.1164/rccm.202009-3438LE on October 16, 2020
声を発するというアクションで、音楽家が真っ先に思い浮かべるのは「歌う」ですが、果たしてその歌唱がどの程度の感染リスクを生じさせるかについては、私自身もよく分かっておりませんでした。
しかし、興味深い研究がドイツで行われていた事を知り、早速、アメリカの医学誌に掲載された論文を読んでみる事にしました。
Barvarian Radio Choirという合唱団に所属する10名の歌手(男女)に、ベートーヴェンの交響曲「第九」の“歓喜の歌”の冒頭フレーズについて、様々な歌い方をしてもらい、それらの飛沫の拡散の違いを調べた研究です。方法としては、①(オリジナルであるドイツ語の)歌詞をつけて大声で歌う、②歌詞をつけて声を抑制して歌う、③旋律は無しで歌詞のみを大声で発する、④旋律は無しで歌詞のみを声を抑制して発する、⑤歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで(=アイウエオの母音で)大声で歌う、⑥歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで声を抑制して歌う、という6つのパターンから検証されました。
結果は、想像に難くありませんが、やはり一番飛沫が拡散されたのは、歌詞をつけて旋律を大声で歌った場合で、大声では86cm、声を小さく抑えると78cm(いずれも中央値)となりました。小声でもなんと最大2mほどまでになった瞬間もあったそうです。その次に拡散されたのは、旋律無しで歌詞のみを発した場合で、要するに話をした事と同じになりますが、大声では82cm、声を抑えると74cm(いずれも中央値)であった事が判りました。そして、歌詞はつけず旋律のみヴォカリーズで歌った場合が拡散が最も小さく、大声でも62cm、声を抑制すると43cm(いずれも中央値)となりました。また、当然ですが、声を発するのですから、前方への飛沫の度合いが大きくなり、左右の横への飛沫の度合いはそれと比較すると小さくなっていました。これらの事から、歌う際の安全のためには、前方で2~2.5m、側方は1.5m以上の距離を取る事が推奨されるという結論が導かれていました。
この研究で選ばれた歌の歌詞が、ドイツ語であるという言語の問題(→とりわけ子音を明瞭に発音する単語が多い)もあったかもしれないでしょうし、もし日本語に訳された歌詞を用いたならば、同じ歌でも飛沫の拡散はもう少し減らせたのではないかとも推測できます。
この知見を踏まえると、例えばカラオケを楽しみたいという場合には(もちろんひとりで行うのがベストですが)、マスクを着用した上で、同席している人とは十分なディスタンスを取り、歌詞をつけずにヴォカリーズやハミングで歌ってみる事で、感染のリスクをほんの少しだけ下げられるかもしれません。(一般人の声量は、プロの声楽家のおそらく10分の1程度ではないかと思われるためです。)ただ、今の時期にこれを試すのは、全くもって勧められません。
また、歌っても感染が予防できますよ、という事は、この論文に一言も書かれていませんので、内容を解釈される際には、暮々もご注意下さい。
個人的に印象に残ったのは、声の大きさ以上に、発語するかしないが問題となる点であり、それによって飛沫の仕方も異なるという結果についてでした。あらゆる生物の中で、人間のみが言葉を話す訳ですから、新型コロナに感染した「ヒト」がウイルスを最も拡散させ得るという真実についても、この論文から改めて考えさせられる事となりました。
【参考文献】
Echternach M. et al.
Impulse Dispersion of Aerosol during Singing and Speaking:A Potential COVID-19 Transmission Pathway
Am J Respir Crit Care Med. 2020 Volume 202, Issue 11
Originally Published in Press as DOI:10.1164/rccm.202009-3438LE on October 16, 2020
2020.11.29 23:15
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