コラム

搾りたてのレモンの様に

人は年を重ねる毎に、外界の刺激というものから遠ざかり、安心を求め、脳のあらゆる認識も、次第に穏やかな方へ嗜好が傾いてゆくものなのでしょうか… 

長年慣れ親しんだ物への愛着や執着はいっそう深まり、同時に新しい物との出合いを求める気持ちや、関心が少しずつ失われてしまう様に感じます。
未知への探求心が、徐々に削がれてゆく様な、いささか切ない気持ちもしますが、ともかく人は新しいものを目の前にすると、頭の中脳という所が活性化され、ドーパミンを放出するのだそうです。
このドーパミンは、いわゆる“報酬物質”と呼ばれており、「報酬がある」と期待するために放出され、主に人の意欲を引き出すと言われています。行動力や記憶力がアップして、若返りが実現出来るという事の様です。
知らない国に旅行をする、また新しい人に出会う等、“初めて”と名の付く体験が、成人してから乾いてしまった大人の脳にとっては、とりわけ重要になるのですね。

ふと、哲学的な考え方をするフランス人の演奏家から、よく耳にしていた言葉に、「本番の演奏は一回一回が、まさに“未知の旅”だね」、というものがあった事を思い起こしました。
そこには、演奏に携わる者には理解出来る、ささやかなアイロニーが込められていますが、言い得て妙、の素晴らしい表現です。

例え同じ作品でも、聴く側にとって、また演奏する側にとって、(ベテランのアーティストが作品を知り尽くし、手の内に入れた状態で、恐らく何万回とさらったであろうとも)、その演奏が終わるまで、誰にもその演奏の“行方”は知れず、果たしてどの様な音楽の出来栄えになるかは、まさに最後の瞬間しか分からないのであり、非常にエキサイティングである、という事なのです。
それ故に、表現芸術の最大の醍醐味が、舞台鑑賞にあると言えるのでしょう。

演奏家が、独り練習をしながら、ひとつの作品に向き合う時間は、亡き作曲家の下僕(しもべ)となり、ひたすら繰り返し楽譜を読み込む作業と共に、音楽に深く入り込むひとときです。
楽器の上で、何度も何度も同じフレーズを奏でながら、磨き上げてゆくのですが、それが曲想も作り上げた段階ともなれば、今度はその同じ作業が、次第に新鮮味の感じられないルーティンワークとなりがちです。
しかしこの作業も、ひとたび舞台で演奏、聴衆の前で披露する機会を与えられたならば…
ライブという空間で、放たれる音のひとつひとつは、たちまち新しい世界を作り始め、それは会場の全ての者で共有する、唯一無二の“未知の体験”と化します。
まさに、今搾ったばかりのレモンジュースを皆で分かち合う様な、きわめて強烈で、新鮮な体験になり得るのです。

私は常々、何百年前に作られたワインさながらに、良くも悪くも歴史の中で熟成され過ぎた作品を、今ここで初めて生まれた貴い物を目にするかの如く、新しさや感動を表現して伝え、いかにそれを聴衆に感じ取って頂けるか、また毎回斬新なアイデアを持って、奏者は同じ作品に謙虚に取り組む事が出来るか、という所に、音楽の演奏の真の難しさがあるのではないかと考えています。


2017.09.27 23:55

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