コラム

花に魅せられて

日本で開催されるクラシック音楽のコンサートにおいては、主催者や或いはファンの方々が、アンコールの前に、花束を演奏者へ贈る慣わしがあります。
美しい音楽の後には、至極相応しい最高のサンクス・ギヴィングの方法だと言えるかも知れません。
最近では、プレゼントもヴァリエーションに富んだ物となり、予めアーティストの好みを調べておいて、それに相応しい贈り物をされる方も増えているそうです。

私も十代の頃は、お気に入りの演奏家が幾人かいましたので、よくコンサート会場へ足を運んでお聴きしたものでした。
洋の東西を問わず、著名な方々ほど、どこの誰だか判らない一人間が興奮気味に発する賞賛の言葉に、パフォーマンスの疲れを微塵も感じさせず、笑顔で、そして大変フレンドリーに対応して下さった事を思い出します。
ホールに向かう途中で、花屋に寄り、今日はこの花でアレンジしてもらって、こんなお声掛けをしてみようか・・・ と想像も膨らみ、プレ・コンサートのささやかな楽しみの時間となります。
会場へ到着する前から、既に公演が始まっているのですね。

曲がりなりにも、人様の前で演奏をさせて頂ける様になり、今度はお花を頂戴する側になりました。
また、舞台において、創作生け花の演出をするコンサートでも、演奏させて頂く機会があります。
よく考えてみますと、花束は、ひとつとして、同じものが存在しないのですね。
贈ってくれた方の美しいセンスや、また花を選びアレンジメントするフルーリストのアイデアとオリジナリティー、そして要となる技が加えられて、ひとつの個性溢れる花束が出来上がるのです。
それだけでも、一芸術であると感じます。

やはり、公演の後に頂戴する花束は、別格ですね。
私にとっては、何ものにも換え難い、大変価値ある贈り物を頂いているのだと確信しています。
華やかな香りに癒されながら、贈って下さった方を思い、その日のパフォーマンスの様々な場面を回想します。
こうして、演奏の出来、不出来は横に置いて(!)、心は満たされ、贅沢で非日常的な本番の一日が終わります。

実は、ヨーロッパ諸国では、花を贈るというのは、ごくありふれた生活の中の自然な行為です。
ただ、日本と決定的に違うのは、いつも男性から女性へ贈られるという事でしょうか。
その反対は、特別な状況ではない限り、あまり見掛ける事はありません。

小さなエピソードですが、以前友人から、“形のない美しい花”のプレゼントなるものをもらった事があり、大変感動を覚えた記憶があります。
当時、フランス語にも漸く慣れ、会話には苦労していませんでしたが、やはり文学作品を読もうとすると、どうしても語彙の少なさや、母国語ではない大きなハンディがありました。
しかし、それを克服して、原語であらゆるフランスの名作を読んでみたいという気持ちを、強く持っていました。
またこの頃に、ちょうど花言葉が海外と日本では少し異なるという事を知って、それに興味があると、その友人に無意識のうちに話していた様なのですね。

ある日、夕食を一緒にしようという事になって、レストランに入って着席した際に、友人はコートの内ポケットから、思い掛けず一冊の本を差し出してくれました。
「結構良いのを見つけたから、役に立ってくれたら嬉しいけれど・・・」

微笑みながら、最初のページを開いてくれました。
驚いて目を凝らすと、そこには、花に関する言葉を用いて作られた、様々な歴史に残る作家の著作からのフレーズの引用があり、更にはひとつひとつの花に、丁寧に花言葉の説明が記し添えられていたのです。
私が心から望んでいたものが、驚くべき事に、全て一冊の中に凝縮されていまして、感動で心が震えました。
その時は、どれほど美しくゴージャスな花束を贈られたとしても、遥かに勝る喜びでした。

この素晴らしき“形のない花”のプレゼントは、現在も本棚に大切に置いて、あれから読み返す折に、真に花に魅せられる、素敵なひとときを私に与えて続けてくれています。
心と魂を潤わせ、豊かにする最高の“花”として、枯れる事なく、この“形のない美しい花”は、これからも在り続けるでしょう。



2013.10.31 21:15

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