コラム

“限界”は存在するのか

何事も、努力と少なからずの苦しみを乗り越えてこそ、人は手に入れたいものを手に入れ、希望を実現する・・・
そんな精神論は、ごく当たり前の様に、人々に受け容れられています。
禁欲的に物事に打ち込む、言わば入魂の精神は、まさに我々の遺伝子によって受け継がれた、日本を誇る「サムライ・スピリット」と呼べるものかもしれません。

そして、欧米では、ここに「エンジョイ論」が加わります。
即ち、もう少し客観的に見て、自らが余裕を持てるレヴェルまでに、到達する必要がある。
実現すべき目標を楽しめるという感覚に至るまで、能力を最大限に発揮出来る様、あらゆる手を尽くします。
また、結果を直視するという事も、決しておざなりにせず、現実をあるがままに厳しく受け止めます。

“限界”とは、一体何を意味するでしょうか。

限界という言葉で思い出すのは、昔行われた元横綱・千代の富士関の、引退会見における涙ながらのコメントです。

「体力の限界・・・!」

その後は言葉を詰まらせ、しばらく沈黙が流れました。

限界は、そこから越えられないもの、また何か抗えないものとして存在します。
そして、人間は或るひとつの事を成し遂げられない時、能力の限界なのだと考えがちです。

しかしながら、一方で、限界という言葉は、自身が負っているにも関わらず、どこかしら逃げ道である様に響くとも思われます。
限界を“設定”する事によって、そこでピリオドを打つ事が出来る、つまりいっさいを投げ出して、終わりにしてしまう事が可能となるからです。

敢えて、「出来ない」、また「出来なくなった」という事を、限界とは決めず、今度は違った方向から、全く別の可能性を引き出してみようとチャンレンジする。
そうする事によって、これまでには見出せなかった小さな才能が、新しく発見される事も少なくない。

その様なインテリジェンスを持つ事の大切さを、深く感じさせられた今年の一年でした。
皆様は、2013年最後の日に、改めて何を思い、見つめ直されて、新年をお迎えになるでしょうか。

来る年も、人生において、待ち構える様々な風景を、願わくば楽しみながら、限界というものを置かずして、あらゆる事に挑んでゆかれたらと願っております。

2013.12.31 23:25

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